1. ネタ名と芸人名
ネタ名:催眠療法
芸人名:麒麟(田村裕・川島明)
2. 役割構造(コンビ内の機能分担)
逆転型×リアクター主導型
基本的には田村が受け手(ボケに対するリアクター)でありながら、川島の“ボケ”の発動を引き出すトリガー役でもある。川島は設定・空気を作る“語り手型ボケ”であり、常に静かにズラした世界を提示し続ける。一見、川島がツッコミのようなトーンで進行するが、内実はボケ主導の逆転構造。
3. 型(構造・スタイル)
ワールド構築型 × テーマ追求型
「癒やし」「催眠療法」という一つのテーマを軸に、森の音や動物の登場などで“癒やしの世界”を構築していく。途中から明確にリアルから逸脱し、寓話的な空間へと進行するが、あくまで“癒やし”というテーマに乗ったまま暴走するのが特徴。
4. ネタスタイル(演技・テンポ・空気)
演技&空気重視型 × ナチュラル会話型
川島の低音かつ落ち着いた語りと、田村のツッコミが“非日常と日常”を行き来する。テンポはあえて緩めに保たれ、観客も催眠にかけられるような錯覚を覚える演出。
5. 構成要素の流れ
- ツカミ:年末の疲れ→癒やしてあげる、という導入で自然に設定提示
- 展開:森の音、動物の登場、癒やし空間の深化
- クライマックス:動物たちとの相撲大会(ウサギ→タヌキ→クマ)で一気に荒唐無稽な展開
- オチ:癒やされてない田村 vs 癒やされた川島のズレを明かすことで逆転オチ
- 回収:「♪いかがでしたか」など繰り返しネタを回収的に使う
6. 笑いの源泉
- ズラし:森の音が「お箸箱」など、意図的に癒やしから外れるアイテムを差し込む
- 誇張:クマの相撲の本気度、ストレッチの細かさ
- 構造遊び:催眠療法という形式がそもそも笑いの枠組みに変質していく
- 言葉遊び:「お箸箱だけにいやしい系」など、地味だが効いたダジャレ
- 感情の暴走:田村の「全然疲れ取れへんやんけ!」という本音爆発
7. キャラのタイプと関係性
- 川島:低温の語り手、ボケを静かに提示し続ける語り型ボケ
- 田村:リアクション型ツッコミでありつつ、ボケ空間の進行を支えるエンジン役
- 表面上はツッコミ=田村だが、構造的には川島の“妄想世界”にツッコミを入れさせられている立場にある
8. 演技・パフォーマンス面
- 川島の声質と“催眠トーン”はこのネタの最大の強み
- 音の擬音「ヒュイッヒュウッ」や相撲の実況など、緩急つけた音表現が秀逸
- 田村のツッコミも単なる否定でなく、“世界に乗っかりながら崩す”スタイルで技術的に高い
9. 客観的コメント
このネタの魅力は、川島の“静かな狂気”が作り出す幻想世界にある。その世界観に乗りつつ、田村が懸命に常識を保とうとする姿が対比的で笑いを生む。抽象度が高いため、万人受けではないが、構造や文脈のズラしに敏感な観客には極めて刺さる。笑いの質は“爆笑”ではなく“ニヤニヤ系”であり、成熟した観客層向け。
10. 最終コメント
このネタが生む最大の魅力は、「癒やし」という誰もが知る言葉を、ここまで奇妙で不可思議な世界に変換してしまう川島の語り力にある。森の音が“お箸箱”、癒やしが“相撲大会”へと飛躍していく過程は、笑いというよりもシュールな夢に近い。また、クマとの相撲では空気が一変する一方で、ファンタジーの世界にとどまり続ける点も漫才全体としての統一感があって面白い(クマとの相撲でケガをするなどの描写はない)。田村のツッコミは、その夢に突っ込みながらも、どこか寄り添っている。そのスタンスが、ただの否定や混乱で終わらず、観客をその世界に引き止める要因となっている。構造上は川島がボケを放ち続ける一人称ドキュメントのようにも見えるが、田村の「冷めるツッコミ」があることで、絶妙な緊張感が生まれている。徹底したトーン維持と、奇妙なフレーズの繰り返しが“麒麟らしさ”を最大限に引き出しており、他のコンビには作れない世界となっている。完成度と独自性において非常に高水準な一本である。
【書き起こし】
(田村)どうも こんにちは。よろしくお願いしま~す。
(川島)(低音で)麒麟です。
(田村)よろしくお願いしま~す。
(川島)お願いしますよ、ホントね。
(田村)最近ね、年末ということもありましてね、もうだいぶ疲れがたまってきたんですよね。
(川島)ああ、疲れている。
(田村)バタバタしてましてね。
(川島)まあ、僕でもね、疲れてる人を癒やすの得意ですよ。
(田村)ああ、そんなんできるの? どうやって癒やすの?
(川島)まあ一種の催眠療法みたいなものですけどね。ちょっと癒やしてあげるよ。
(田村)癒やしてくれ、ほんなら。
(川島)そこいて、話聞いて。
(田村)話聞いてたらええねんな?
(川島)癒やしの空間。
(田村)お~、雰囲気あるね。
(川島)うん。あなたは今、森の中にいます。
(田村)森ん中ね?
(川島)うん。緑が生い茂った美しい森。
(田村)ええ感じや。
(川島)うん。
(田村)気になるな、なんで自分で相づち打つの?
(川島)リズムを取っているんです。
(田村)リズム取ってるかしらんけど冷めるから。催眠療法乗っかってね、集中してるからこっちは。
(川島)緑の生い茂った美しい森。耳を澄ませてみましょう。遠くの川のせせらぎが聞こえてきませんか?
(田村)あ… はい、確かに聞こえてきます。
(川島)なんでやねん。
(田村)待てや、おい! “なんでやねん”て何やねん。その気になってやってる。確かに聞こえてないけど。
(川島)むっつりやないの?
(田村)むっつりってなんやねん、小バカにすな。
(川島)なに?
(田村)違う、集中してやってるんやから冷めること言わんといて。
(川島)サラサラサラと、遠くの川のせせらぎの音。
(田村)あ~、聞こえてきた。
(川島)カラカラカラと、遠くの山小屋の水車の回る音。
(田村)おお、山ならでは。癒やされるね、これ。
(川島)ヒュイッ ヒュウッ、ヒュイッ ヒュウッ ヒュイッ、ヒュウッ ヒュイッ。
(田村)うん? ごめん、これ何の音?
(川島)小学生がお箸箱をスライドさせています。
(田村)関係ないやんけ! あったけど、細長いの。森、関係ないよ1個も。
(川島)ヒュウッ ヒュ~イッ。
(田村)長いわ。そんな長いのないやろ。
(川島)なに?
(田村)森、関係ないやん。
(川島)関係ないことないですよ。
(田村)なんでやねん。
(川島)まあ癒やし系というか、お箸箱だけに、いやしい系やけどもね。
(田村)うん? 終われるか! 何もうまいこと言うてへんやろ。
(川島)♪ いかがでしたか 僕らの漫才。
(田村)やってな~い! やったことないわ1回も!
(川島)何よ?
(田村)これ何持ってんの お前?
(川島)マスカラ。
(田村)マラカスやろ。
(川島)マスカラでええやん。
(田村)音鳴らへんスティックや。
(川島)♪ いかがでしたか 僕らの漫才
♪ こんなことをしている間にも—
♪ アフリカの子供たち…
(田村)ブルーなるわお前。嫌なことを言うな最後に。
(川島)何よ?
(田村)“何よ”やあれへんがな。お前が言わんでも分かってる、そんなことは。ちゃんと癒やしてくれ。
(川島)ササササと田村さんの目の前の森の茂みが鳴りました。
(田村)茂みが。
(川島)茂みの中から、それはそれはかわいらしい白いウサギがちょこんと顔を出しました。
(田村)うわ~。
(川島)ウサギが田村さんに話しかけてきます。
(田村)ほうほうほう。
(川島)田村さん、田村さん、一緒にこの森で遊びましょうや。
(田村)そうですね。
(川島)上を見上げてみました。すると木の間から、それはそれはかわいらしいリスがちょこんと顔を出して、
(川島)僕も~ 一緒に遊んでみたいもんですな。
(田村)なんで関西弁やねん。おっさんくさいねん、こいつら。
(川島)そう言うとウサ吉つぁんは…
(田村)ウサ吉つぁんって何やお前。あだ名もおっさんくさいねん。違う、かわいらしい感じやから癒やされんねん。
(川島)(高い声で)田村さん、この森で一緒に遊ぼうよ。
(川島)森じゅうの動物が田村さんに群がります。
(川島)田村さんは一緒に相撲大会をして遊ぶことにしました。
(田村)よ~し、遊ぼう。
(川島)まずはウサギさんが田村さんに挑戦。ハッキヨ~イ、のこった。
(田村)それ!
(川島)おっ、おっ、わ~、負けた。続いてタヌキさんが田村さんに挑戦。ハッキヨ~イ、のこった。
(田村)う~ん、それ!
(川島)あ~、負けた。
(田村)参ったか。
(川島)最後はクマさんが挑戦。お願いしま~す! よいしょ! ハッ、よし いこう!
悔いのないように、悔いのないように。ストレッチ、ストレッチ。
(田村)ストレッチね?
(川島)絶対勝つ。よいしょ! それいけ それいけ! はいそれいけ! はいそれ、足出てる 足出てる。足出てるやん 足出てるやん。足出てる。
(田村)お前だけマジやねん! 空気読めや お前。クマだけ必死すぎるやろ、おい。
(川島)学生時代、何かやってはったんですか?
(田村)どうでもええわ。強さの理由 伺わんでええねん。
(川島)強かったです。
(田村)違うやろ おい。全然疲れ取れへんやんけ。
(川島)俺はだいぶ癒やされたけど。
(田村)お前がかい! もうええわ。
(川島)♪ いかがでしたか
(田村)やってない! もうええわ。
(川島)ありがとうございました。
