1. ネタ名と芸人名
ネタ名:野球実況
芸人名:麒麟(川島明・田村裕)
2. 役割構造(コンビ内の機能分担)
ツッコミ主導型×リアクター主導型
川島:実況を通じて世界を構築し、ナレーション的・俯瞰的な立場から次々と現実を逸脱したボケを投下。演技とナレーションが一体化したメタ構造を成立させる。
田村:川島の“狂気”を全身で受け止めるリアクション主体のツッコミ。事態を正そうとする度にさらに逸脱していく不条理構造が魅力。
3. 型(構造・スタイル)
ワールド構築型+構造破壊型
「プロ野球」という誰もが知る現実の枠組みを用いながら、その中に「女投げ」「お粥応援団」「リモコンでビジョンを消す」などの非常識な要素を注ぎ込むことで、現実世界の構造を徐々に崩壊させていく。
4. ネタスタイル(演技・テンポ・空気)
演技&空気重視型+ハイスピード型
重低音で進行する川島の実況が全体の空気を支配するが、テンポは決して緩やかではなく、田村のツッコミとともに疾走感を持ってネタが進む。音(実況・モノマネ・応援歌)で空気を演出する力が圧倒的。
5. 構成要素の流れ
ツカミ:プロ野球選手への憧れ。共感性のある静かな導入。
展開:実況の開始から、フォーム・応援団・インタビュー・異常な応援歌など横展開が広がる。
クライマックス:リモコンでビジョンを消そうとする→心拍音モノマネ→川島の主観モノローグ。
オチ:「ストライク、バッターアウト!」で緊張を一撃で崩壊→「投げんな!もうええわ」で明確な幕引き。
6. 笑いの源泉
ズラし:「実況」という形式美の中に「女投げ」「お粥」など違和感の強い要素を挿入。
誇張:応援歌の歌詞内容(例:「まぶたをまつり縫い」「北海道に行きました」)の暴走。
構造遊び:実況→主観モノローグ→実況のループという構造の中で、観客の予測を裏切る展開。
感情の暴走:川島がバッター田村の心情を勝手に代弁しながら感情移入→そのまま一人で完結。
7. キャラのタイプと関係性
川島=“神の視点”を持つ構築型ナレーター。ただし、途中から自己の感情に引っ張られてプレイヤー化するという特異な変質を見せる。
田村=“巻き込まれ型”ツッコミ。終始「普通にやらせてくれ」と訴えるが、それが一切叶わない悲哀が笑いを呼ぶ。
8. 演技・パフォーマンス面
川島:声の重さと間の取り方が極めて秀逸。心拍音モノマネからセリフの抑揚、感情の振れ幅まで、ひとりの中に何人もの人格を持っているような表現力。
田村:ツッコミというより“感情の代弁者”として、絶叫・困惑・憤怒・諦めを流れるように演じ分ける。リアクションの身体性が高い。
9. 客観的コメント
ネタとしての構成力とパフォーマンスの精度、どちらも極めて高い次元にある。川島の“異常に上手すぎる実況”が基盤にあるため、どんなズレやボケも「それっぽく見える」説得力があり、その落差で笑いを生んでいる。田村は常に“正常な観客の目線”に立ち、狂気を可視化している点で極めて重要な存在。特に終盤のモノローグ→即オチという構造は、単なるギャグに留まらず、観客の感情の起伏すら操る芸術的瞬間と言える。
10. 最終コメント
麒麟の「野球実況漫才」は、言語と演技による“異常なまでの構築”と、それを破壊していく“ズレと過剰”の応酬で成り立っている。川島の実況はあまりにも本格的で、もはやボケとして成立し得ない領域に達しているが、そこに「お粥」「北海道旅行」といった違和感の塊を挟み込むことで笑いが生まれる。そしてその“正気”と“狂気”の境界を、田村が文字通り身体で受け止め続ける姿が観客の共感と笑いを引き寄せる。特に終盤、川島の「俺がここでホームランを…」という主観モノローグから、即座に「ストライク、バッターアウト!」と突き放す流れは、ドラマとギャグの臨界点を往復する高度な構造遊びである(緊張→緩和ならぬ、緊張→裏切りの新感覚)。単なる“実況ネタ”を超え、メタ構造・演技力・構成力を一体化させた麒麟の代表作であり、今なお色褪せない完成度を誇る。
【書き起こし】
(田村裕)どうもこんにちは。麒麟です、お願いします。
(川島明・低い声で)麒麟です。
(2人)よろしくお願いします。
(田村裕)え~思うんですけどね。
(川島明)はいはい。
(田村裕)やっぱプロ野球選手ってのはかっこええと思うんですよね。スポーツ選手って憧れるやんか。特に9回裏の緊張の一瞬みたいなのあるんですよ。あんなんやってみたいな思てね。
(川島明)やってみたい?
(田村裕)やってみたい。
(川島明)さあ9回裏ツーアウト、満塁となりました。一打出ればさよなら逆転満塁ホームランという、緊張の一瞬であります。試合は最大の山場を迎えております。緊張の一瞬。振りかぶって…。
(川島明)ピッチャー田村、投げました。スバッと。
(川島明)え~放送席、放送席。まさかの女投げをしました田村…。
(田村裕)恥ずかしいわ。恥ずかしいわお前。
(川島明)なんやねんこのへっぴり腰。
(田村裕)違うやん、フォームで分かるやん。ピッチャーマウンドで何してるん?俺。
(川島明)目には目をみたいな。
(田村裕)おれへんそんなヤツ。目には目をじゃないねん。刃向かわれへんねん。
(川島明)ああそうですか。
(田村裕)バッターバッター。
(川島明)はいはい、9回裏ですよ。ツーアウトですね。満塁みたいでござんすけどもね、ええ。一打出ればね、さよならで逆転で満塁で、まあよく分かんない状況ですね。ええ。
(川島明)ピッチャー投げました。はいバッター打った。はい大きいみたい、入った。ホームラン、ホームラン。よかった。
(田村裕)ちゃんと実況せえや。
(川島明)よかったね。
(田村裕)近所のおっさんしゃべってんのかお前。
(川島明)野球うまいね。
(田村裕)当たり前やろ!そんなインタビューあるかお前。
(川島明)なんやねん。
(田村裕)違う。ちゃんとして盛り上げて。
(川島明)ちゃんとやるから緊張感持ってお前もやれ。
(川島明)おっしゃ、いけ。さあ緊張の一瞬であります。ピッチャー振りかぶって、第1球投げました。
(川島明)打った~!大きな当たり。これはいったか?どうだどうだ?入ったか?入ったか?あっ、ファール。ファールでした。
(川島明)しかしあわやホームランという当たり。応援団も熱が入っております。ドン、ドン、ドン!
(田村裕)これは力出てくるな。
(川島明)♪そ~れ かっとばせ田村 ♪打たなきゃまぶたをまつり縫い
(田村裕)怖いわ!怖い怖い。
(川島明)♪それかっとばせ~
(川島明)なんや?
(田村裕)待て。なんで目ぇ縫われなあかんねん。やり過ぎやろ、どう考えても。
(川島明)一打に懸けてくれよ。
(田村裕)ペナルティーが重い。
(川島明)なんや。
(田村裕)頑張るから応援して。
(川島明)ドンドンドン!♪ホームラン打てるか田村 ♪顔色悪いぞ寝不足か ♪疲れているなら無理するな ♪少し横になるか?
(田村裕)心配し過ぎや!
(川島明)お粥!
(田村裕)お粥いらん!誰がバッターボックスで粥食うねん。
(川島明)おい!
(田村裕)「おい」やあらへんがな。
(川島明)ファンのお粥や。
(田村裕)違う。
(川島明)ファンのお粥やこれ。
(田村裕)タイム取っても食われへんねん。今そんなときじゃないの。頼んます。ちゃんとテンション上がる応援。
(川島明)♪久しぶりの休みに ♪北海道に行きました ♪景色がきれいでした ♪来年も行きたいな
(田村裕)知らんわ!
(川島明)白い恋人。
(田村裕)いらん!
(川島明)おいっ。
(田村裕)いちいち持ってくんなバッターボックスに。なんでこのファングラウンド入ってきてんねん。
(川島明)大ファンやから入れる。
(田村裕)大ファンでも無理や。気持ちの問題ちゃうねん。ちゃんとやってくれや。バッターしたい。バッターをかっこよく。
(川島明)偉そうに言うなボケ。
(田村裕)ちゃんとせえよ。はよ行けや。
(川島明)アホ。
(田村裕)アホってなんや?なんで悪口言うねん、みんなの前で。
(川島明)俺かって一生懸命応援してんのに。なんやねんその態度。
(田村裕)バカ。
(川島明)誰がバカじゃ。
(田村裕)馬面。
(川島明)おっときたなこら。お互いちゃうんけ?馬面は。
(田村裕)俺はちょっと顔長いだけじゃ。
(川島明)それが馬面やろが。お互い馬面。俺もお前もヒヒンじゃ。
(田村裕)ヒヒンてなんやねん。
(川島明)お前のヒンは「貧しい」の音読みや。貧しいんじゃお前は。
(田村裕)待てや!生い立ち関係ないやろ今。
(川島明)そういう意味でヒン馬や。
(田村裕)雄やのにか?ほんならなんや。お前のヒヒンはカタカナじゃ!
(川島明)普通やんけそれ。ちゃんと悪口言えバカ。
(田村裕)協力してやろ。
(川島明)さあ緊張の一瞬であります。おっとピッチャーがバッターである田村裕をにらみつけております。必ず抑えつけてやろうという意思の表れでしょうか。
(川島明)振りかぶって第1球投げました。おっと危ない!あわや顔面デッドボールという場面。しかしピッチャー謝る気がありません。
(川島明)これは挑発的な態度に出ております。
(川島明)とここでバッター田村裕も挑発的な態度。なんと家のリモコンで甲子園のジャンボビジョンを消そうとしております。
(田村裕)何してんねん!
(川島明)いけるか?いけるか?
(田村裕)そんなわけないやろ今。
(川島明)タイム。
(田村裕)タイム?
(川島明)1回電池の蓋開けて2~3回コロコロ…。
(田村裕)何のアドバイスしてんねん。
(川島明)ラス1いけるときあんねん。
(田村裕)ラス1どうでもええわ。
(川島明)ラス1いけるって。
(田村裕)ラス1どんだけ言うねん。
(川島明)うるさいな。
(田村裕)バットや、予告ホームラン。
(川島明)予告ホームラン出ました。さあバッター田村裕。
(川島明)ここでホームランを打ってチームを勝利に導くことができるのでありましょうか。
(川島明・小声)ありましょうか?ありましょうか?
(川島明・心拍音モノマネ)ドクン…ドクン…。
(川島明)俺がここでホームランを打ってみせる。俺がここでホームランを打って、チーム、ファン、そして自分のために勝利をもたらしてみせる。
(川島明)たとえ何十年続く野球人生がこの1球で終わっても、俺は悔いはねえ。必ずやこの1球…。
(川島明)バンッ!
(川島明)ストライク、バッターアウト!
(田村裕)投げんな!もうええわ。
(田村裕・川島明)どうもありがとうございました。
